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2017-11-14 16:22 「愛と恋の違い」について
恋4

こんにちは。電話占いアクシアの朱龍です。

 

 

恋1

 

今回は

「愛と恋の違い」についてふれてみたいと思います。

これも、見方によっては、かなり難しいテーマです。

 

鑑定では、

「相手の気持ちを知りたい」という問いかけが大部分を占めます。

自分は好きだし、ずっと付き合っていきたいけれど

「相手の本音どうなのか?」というのが話の流れです。

 

ただ多くの人は

「彼のどこが好きなの?」

「なぜそこまで彼なの?」という話になると・・・

 

「わからない」と消極的で

「なんとなくタイプだから」

「優しくしてくれたから」という答え。

 

 

始まってしまった「恋」に、後戻りは難しそうです。

 

「恋」をしたかったのでしょうから。

 

 

「恋」は、「傷つきたくない」からといって

冷静にいられるものではありません。

 

人は恋してしまえば、

年齢や既婚・未婚、付き合いの長さとは関係なく

我を忘れ苦しいほどに恋に縛られ

抜け出せない迷路にも迷い込んでしまいます。

 

わかっていても、やはり「恋」はホール・イン・ラブ・・・。

 

突然、穴に落ち込んでしまうように

無抵抗に恋にのめり込んでしまうものです。

 

恋をするのに、理由などいりませんし

結婚の時のように条件も資格も無関係です。

 

 

でも、現実には出会ってすぐに体の関係までいってしまって、

気が付けば相手の実名や年齢、仕事、

既婚かどうかも知らなかったという方もおられます。

 

 

いくつになっても恋に恋する人もいれば

恋する自分が大好きなのも事実です。

 

 

また依存症のように

常に自分のそばに異性がいてくれないと

心細い・寂しいと思ってしまうのも

無自覚ながら恋を追いかけるきっかけになっています。

 

ただそこに

「何故この人でなければならないか?」と

自分に問うことはあまりありません。

 

恋は人生をバラ色に染めてくれますし

ワクワクときめく心は幸せそのものです。

 

一度はまってしまうと麻薬のように離れがたい感覚です。

 

だからこそ、相手と長く繋がっていたいと願うし

他人を傷つけても独占したいと思うのでしょう。

 

 

「恋」の本質は、二人だけの世界。

 

ぜったい他の人の介入を許しません。

 

 

そして「恋」ほど、

人間が自分勝手になれるものはありません。

 

 

主体はほとんど「私」からはじまります。

 

 

「私」は逢いたいけれどなかなか逢う時間がないと言われる・・・

「私」は四六時中あなたのことを思っているのにラインに返事がこない・・・

「私」は将来のパートナーと思っているのに煮え切らない・・・

 

飽きられたの?

嫌われたの?

ライバルが現れたの?

結婚する気がないの?

離婚話は進んでいるの?

 

 

それらほとんどすべてが「私」からの望みで埋め尽くされます。

「恋」は自分を幸せにするためのツールのようです。

 

 

そして、二人の関係が安定し、

お互いの状況や性格、価値観の相違

経済的な事情まで知り尽くす段階になれば

後は運よくゴールイン(結婚)するか、別れるかの選択に行き着きます。

 

そんなに簡単に・・と思われるかもしれませんが

お互いの恋情が程よく釣り合ってる状態は

現実そう長くは続かないので、すぐにとまではいかなくても、

将来の方向性を決めなければ不安になり

焦ってしまう時は、必ずやってきます。

 

 

恋した人と結婚し、

子どもをもうけて家庭を築いていけることは幸せです。

 

 

でも「愛と恋」が違うように「恋と結婚」も微妙に違うのです。

 

 

恋2

 

 

結婚して相手が「変わった」

「こんな人だと思わなかった」という人はかなりいます。

 

 

ほとんどの男性は帰るべき家庭を持ち安心すると

恋をしていた時のように妻をかまってくれないし

将来の安定を目指して猛烈に働き始めます。

 

仕事がうまくいかねばその反動を

家まで持ち込む人も多いでしょう。

 

妻は妻で決められた月給内でやりくりしながら

育児と仕事の掛け持ちで忙しく、

パートナーの協力も思ったように得られなければ

独身時代の自由さが恋しくなったり

自分だけを見つめてくれる人が欲しくなることもあるでしょう。

 

 

結婚は「生活」そのものです。

 

 

ストレスや不満が溜まれば

相手に癒して欲しいのは人情ですが

お互いに余裕がなく疲れていれば

そう望むこと自体が喧嘩の原因になりかねません。

 

 

そこで、生活から切り離された状況にいる

非日常の別の世界の異性に惹かれて

「恋」してしまうのかもしれません。

 

 

味気ない話ですが、

相談者の方々の「相手は私をどう思っているのでしょう?」

の対象はこのようにグルグル変化していってしまいます。

自分の足元さえみることのない乾いた欲望です。

 

 

ここに決定的に欠けているのは

日常への感謝の気持ちと

家族としてのお互いの「愛」です。

 

 

そんな状況でも

  相手の立場に立ってものを考えてみる頭の回路。

   

 自分の満足より

  相手の幸せを優先してあげる思いやりの気持ちです。

 

 

 

「愛」の反対語は、「無関心」です。

 

 

大切なのは

「相手が自分のことをどう思っているのでしょう?」ではなく

「自分は相手に何をしてあげられるでしょう?」

なのではありませんか・・・。

 

 

「恋」にしろ「結婚」にしろ、

自分以外の人間と心を共有していくには、

よほどの覚悟がなければ

持続不可能なつかみどころのない葛藤の繰り返しです。

 

つまり

向かい合う二人ともが心身ともに自立した大人でなければ

お互いを支えきれないのです。

 

 

特に「恋」が実って「結婚」に到達した場合、

自分が「生活」にふさわしくない相手を

選んだことに後から気づくこともままあります。

 

優しさが優柔不断に見え、

夢多きキャラクターが生活力のなさに見え

甘えたいのに、

いつしか相手から一方的に甘えられる存在になっていたり・・・

 

気が付けば

あんなに好きだったはずの人が

頼りない相手・重荷にさえ感じてしまうこともあるようです。

 

 

「恋」にふさわしい相手が

「結婚」にふさわしい相手とは限らない

現実に愕然とすることもあるでしょう。

 

 

100組カップルがいれば100通り、

オリジナルなケースがあってもいいと私は思います。

それはまだ「恋」の次元ですむからです

 

 

ただ、子どもが生まれた場合、

相手がお互い親として尊敬される人間かどうかは、大きな問題です。

 

どんな時でも、

子供のかかえる問題と

お互いがきちんと逃げずに対応できるかが

親の資格として問われるのです。

 

子どもは親を選べません。

 

よく子供を育てる段階で

人は成長させられるといいますが

本当だと思います。

 

 

自分ひとりでも持て余してしまう現実の厳しさから

子どもとちゃんと向き合えない親が最近増えています。

 

 

そして子どもだからという

上から目線でなにげなく発してしまった言葉や行動から

その子供が生涯トラウマをかかえてしまうことも多いのです。

 

 

「恋」の傷は自分で責任がとれるものかもしれませんが

「結婚」は自分だけの問題ではなく

自分がどんな相手を選んだかということで

子どもの人生を巻き込んでしまうことになるのです。

 

素敵な異性はいっぱいいますが

だからといってすてきな父親になれる男性はそう多くはいません。

 

 

「結婚」というのはゴールではなくあくまでスタート時点に立つことなので

女性たるもの選ぶ相手を間違えないようにしなければ、と思うところです。

 

「恋」の段階で

 

今の恋人が

「自分の人生にとってかけがえのない相手」と思えなければ

厳しいようですが「恋」はあくまで

「恋」として終わらせるという選択肢を持って頂きたいと思います。

 

 

相手のどこが自分にとってかけがえがないかを

ちゃんと見据えて将来に臨めば

「恋」は「愛」に育っていくことができるでしょう。

 

 

恋3

 

 

不倫も「恋」のひとつです。

でも本当に純粋な「恋」なら

「愛」に変えることはできるはずです。

相手が何を望んでいるのかを

付き合っていて分からないはずはありません。

 

 

「わからない」というなら

それは相手としっかり向き合っていないか

うすうす気づいていながら相手をしっかり見ようとしていないのです。

 

 

W不倫をしてしまって

どうしても独占したくなって、

相手の家庭を壊し、自分の家庭を壊し

双方の子ども達の胸に一生消えない傷を残してまで

つかみたい幸福とは一体どんなものなのでしょう。

 

「恋」が「愛」に成長できなかった場合の悲劇だと思います。

 

そこに「愛」があつたなら

相手の大切なものまで奪おうとは思わないはずです。

 

少なくとも、

相手の本音に寄り添おうという気持ちがうまれ

自分が相手を以前の家族より幸せにできるか

どうかも基準になりえるでしょう。

 

 

「離婚」が、すべて不幸だとは思いません。

 

 

ただ、夫婦間の熱が同じポテンシャルで

冷めていることはまずないので、

一方が別の「恋」に落ちたことだけが別れの原因だとしたら

もう一人は必ず苦しい思いをするはずです。

 

 

以前、鑑定時にも

赤ちゃんの泣くすぐそばで

「どうしても元カレに会いたいのですが・・」

という相談者がおられました。

 

 

鑑定士は常に相談者の側に

寄り添って考えなくてはならない仕事ですが

長い目でみて、後悔のない

人生の本当の幸せに導く使命を持つものだとも思っています。

 

彼女は「恋」にとらわれていて

横で泣く自分の赤ちゃんの声が聞こえていないのです。

 

 

「赤ちゃんが泣いていますね」という私の言葉に

彼女は「先生!私の質問に答えてください!!」

という激した言葉が帰ってきました。

 

少なくとも自分の意志で子どもを産むということは

 

人ひとりの命を大切に育て上げるという責任を一生伴うものです。

 

勝手に子供は生まれてきたわけではないのです。

 

女性というジェンダー(性)は

子どもを産んだ時から

良くも悪くも「ひとり」ではないのです。

 

 

重ねていうと、「愛」の反対語は「無関心」です。

 

 

私はこういった相談者から、

モラル寄りだとか、一般論だとか、余計な対応だとか

あらゆる非難をうけても構いませんが、

そこに人としての「愛」がないことだけは

はっきりお伝えしたいと思います。

 

 

ダメはダメと何故そこまでこだわるのかというと、

「家族・あるいは恋人やパートナーまでいくら愛していても信じきれない・・・」

といった人間不信が、子供の頃のトラウマに起因していることを、

実に多くの相談者からイヤというほど聞いてきたからです。

 

 

いくら幼くとも、

親に関心を向けてもらえなかった痛み

上から目線でしか見てもらえなかった苦しみ

まるで所有物のように扱われた哀しみは

人間の体の芯まで深く根付いていくもなのです。

 

 

「愛」のある家庭で育ってきた人に

「愛」のない家庭で育った人のことは

本当に理解しがたいのです。

 

 

結婚や家庭に夢が持てない人や自分の子供が欲しくない人

終局的に家族さえ信じられない人は

本来の性格以上に

生まれ育った環境に深く影響されてきています。

 

どうして「あの人はそんな風に考えてしまうのか?」と悩んだ時

相手の後ろに続く長い道のりのあることに気づいてあげることも、

「愛」があれば可能です。

 

なかなか乗り越えられない壁ですが、

分かろうと努力する想いが、

相手を少しでも変えていく原動力になるかもしれません。

 

 

「恋」は盲目です。私も本当にそう思います。

 

 

でも「恋」に終わりはあつても、「愛」に終わりはありません。

 

「愛」は死をも貫いて、残された人の心に生き続けます。

 

 

「愛」はあくまで、やすらかであり

人を困らせたり、悩ませたりさせません。

 

 

本来、人はひとりでは幸せになれない生き物なのです。

 

 

自分以外の人の幸せを自分の幸せと重ね

相手の幸せを心から喜ぶことで、満たされるものなのです。

 

相手にこうしてもらいたいと望む前に、

相手に何をしてあげられるか・・・を是非考えて頂きたいと思います。

 

 

「愛」こそ、人を癒し、生かせてくれる人生の糧だと思います。

 

 

今回も長い文章を最後まで読んで頂き、本当に有難うございました。

 

占い師朱龍でした。

 

恋4

 

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